極楽おやじ

暇つぶしにでも

運ってあるの?

運ってあるの?

みんな一度は考えたことがあるでしょう。

 

運を貯めるとか、神秘的というか非現実的に考えている有名人といえば
著書「ダメなときほど運はたまる」を出している萩本欽一さんが有名ですが、一方で下のリンクのように、運とはあくまでその人個人の考え方次第であり、運があると思ってポジティブに行動することが、良い結果を導くとの考え方もあります。

 <外部リンク>

lrandcom.com

 

ずばり、運は存在します!
運に対して私は

「運は存在しており、人の考え方やその他の要因によって、運はある程度は操作することが可能である。

 自分が運がいいと信じている人は精神的に安定するので、的確な判断をする確率があがったり、他の人に良い印象を与えたりして、多くの副産物を間接的に受け取ることが多い。」

と考えています。

後半部分は、おそらく多くの人が賛同してもらえると思いますが、前半部分については異論のある方もたくさんいるでしょう。

 

まずは、運は存在するのか?という問題について考えます。

私は「運が全く同じ」という状態がありえるのかを考えてみました。
結論からいうと、運が全く同じ状態は、存在しないということです。

私は運と確率はほぼおなじ意味だと考えています。確率の問題ではサイコロが思い浮かびますが、サイコロを数回振っただけでは、ある出目に偏ってしまいますが、100回、1000回、1万回と振るにしたがって、各出目の確率は限りなく1/6に近づきます。

運つまり確率が全くないとすれば、ある回数に達すれば各出目の回数は全く同じにならなければおかしいとおもいませんか?

でも実際は6億回サイコロを振っても、各出目はきっちり1億回づつにはならないのです。同じ確率になることがこの自然界では不自然だと感じます。

なぜなら、一つの行動(サイコロを振る)に対し、結果は一つ(一つ出目)しか存在しないからです。もしサイコロを1回振ったら、6個すべての出目が出るサイコロがあったら、必ず出目の確率は1/6となり確率は同じとなりますが、そもそもそれを確率とは言わないでしょう。

ちょっと強引かもしれないけど、運は存在する、いや、存在しなければ逆に不自然になると私は思っています。

次回は、運を操作することは可能かについて、考えてみます。