極楽おやじ

暇つぶしにでも

転生準備 進行中

極楽おやじがとうとう極楽に!?

現在わたくし、極楽おやじは着々と転生準備を進行中であります。

いままで、行ってきた準備は。。。。。。

身の回りの掃除

最近とてもすがすがしい。

漢字で書くと「清々しい」(すがすがしい)って書くんだね。

職場のデスク、家の床、食卓の上、押入れ、玄関まわり、トイレなどなど、掃除をすればするたびに清々しい気持ちが徐々ににじみ出る感じだね。

最近やたらと、掃除のすすめ的な本が販売されているのに違和感を感じていたのだが、実際に掃除をしていると掃除の良さがよく分かる。

掃除をして感じたことは

1 キレイだからリラックスできて、気持ちが穏やかになる

2 気持ちが前向きになり、元気や意欲が出てくる

そして、一番良かったことは、

3 自分を大事にする気持ちがでてくる

若いころは掃除をしても、次の日以降にはまた汚くなっていたものだが、最近はキレイにしないと気持ち悪くなるため、不本意ながら?掃除をしてしまう。

掃除をして清々しい気持ちになると、気力がでてくるのを確実に感じる。

 

しかしながら、昔、かなり汚かった自分が、なぜこのように掃除をする気になったのか、自分なりに考えたところ、ある一つのキーワードが浮かんだ。このキーワードについては、またのちほど書きたいと思う。

しくじり先生は教会?

今日のしくじり先生は泣けたぜぃ

オードリー若林はしくじり先生の収録はキリスト教徒が週1回ミサをする教会みたいなものだと他のインタビューで例えていたが、まさに今回はオレにとっても懺悔の時間だった。

特に水道橋博士の「固定観念」についての講義は興味深いものであったぜぃ。人はみなあるべき姿を演じなければならないとか、目指さなければならないとの強迫観念があるとらわれ過ぎると行けないとの講義であったが、この講義を聞いての自分の感想としては

1 固定観念は取り払うことが出来ないのが、当たり前。

2 固定観念にとらわれないようにするということではなく、固定観念を認め、日々固定観念を見つめ続けることこそが、大事。

と思ったところでありんす。

マネーの虎の話も良かったぜい。マジで映画化してほしい。ドキュメンタリーでもいいかもね。

水道橋博士と元マネーの虎の講義を聞いて、思わず泣いてしまったぜ。

 

 

もちろん徳光正行さんの話も良かったっぜい。。。。。。

もしかして・・・・

馬鹿な事を書きます。

多分、ほとんどの人に理解してもらえない。

多分、洗脳されているとしか思われない。

 

もしかして・・・・

この俺が生きている世界は、ただの修行場、言い代えるなら、オレはただのゲームの中のキャラクターではないのだろうか。そう考えればすべてが繋がるし、矛盾がない。

 いままで、そのような事を述べている人はいたが、オレは一切信じなかった。だけど、このオヤジの歳になると、いろんな経験をして、いろんな人も、いろんな状況もみてきたことから、想像・・・そうあくまで「想像」すると、この世は「ただの修行場」としか思えない。

その根拠は???

この世が「ただの修行場」つまり、オレはただのゲーム中のキャラクターだと思う根拠は、日々の生活の中に、オレの人生のシナリオ(=台本)を感じるからだ。

このブログを見ている人(かなり少ないと思うけどww)は、多分みんな意味がわかるか今後意味を理解する人なのかも知れない。

昔見たTV番組で、ある南国にお寺みたいなものがあって、倉庫には今後その施設を訪れる人全員の情報が書かれた御札があるらしい。実際に訪れたタレント(日本人)の御札もあり、今後の人生のアドバイスやその人の情報が書かれていた。

かなり昔の番組で、オレの記憶も間違っているかもしれないが、もしその話が本当ならば、根拠の一つになるに違いないぜ。

 

その他にも、根拠はあるぜ!!

宗教ってなんであるの?

世界中の人はなんで宗教を信じているのか?

特定の宗教を信じていないと言われる日本人も無宗教と言いながら、山の神や海の神、お天道様など神の存在を全員が否定していないのでないだろうか。

そんなことはないと言われるかもしれないが、実際のところ、宝くじを買うときは、よく当たると言われる売り場で買うし、正月には初詣に行く。理由なく悪いことが会った時は「運が悪かった」という。

なんじゃこら~っ!!

オレもそうだが、自分の周りで100%絶対に神を否定している人を見たこともない。初詣に行くし、苦しい時の神頼みで受験前には太宰府天満宮に行ったり、お守りを買ったりする。

そのそもなんで宗教ってあるんだろう???

オレは神様というのを見たことがない。みんなも見たことがないだろう?

見えないモノをなぜ信じるのか?信じると何かメリットが有るのだろうか。

たしかに、理由なく悪いことがあった時には、「運が悪かった」で整理できればそれはそれで、気持ちの整理がつくので精神衛生上はメリットがあるかもしれない。しかし、それだけではオレは納得出来ないと考えたんだ。

ちょっつ、話が長くなりそうだから続きはまた次回にしときます。

 

 

 

運ってあるの?

運ってあるの?

みんな一度は考えたことがあるでしょう。

 

運を貯めるとか、神秘的というか非現実的に考えている有名人といえば
著書「ダメなときほど運はたまる」を出している萩本欽一さんが有名ですが、一方で下のリンクのように、運とはあくまでその人個人の考え方次第であり、運があると思ってポジティブに行動することが、良い結果を導くとの考え方もあります。

 <外部リンク>

lrandcom.com

 

ずばり、運は存在します!
運に対して私は

「運は存在しており、人の考え方やその他の要因によって、運はある程度は操作することが可能である。

 自分が運がいいと信じている人は精神的に安定するので、的確な判断をする確率があがったり、他の人に良い印象を与えたりして、多くの副産物を間接的に受け取ることが多い。」

と考えています。

後半部分は、おそらく多くの人が賛同してもらえると思いますが、前半部分については異論のある方もたくさんいるでしょう。

 

まずは、運は存在するのか?という問題について考えます。

私は「運が全く同じ」という状態がありえるのかを考えてみました。
結論からいうと、運が全く同じ状態は、存在しないということです。

私は運と確率はほぼおなじ意味だと考えています。確率の問題ではサイコロが思い浮かびますが、サイコロを数回振っただけでは、ある出目に偏ってしまいますが、100回、1000回、1万回と振るにしたがって、各出目の確率は限りなく1/6に近づきます。

運つまり確率が全くないとすれば、ある回数に達すれば各出目の回数は全く同じにならなければおかしいとおもいませんか?

でも実際は6億回サイコロを振っても、各出目はきっちり1億回づつにはならないのです。同じ確率になることがこの自然界では不自然だと感じます。

なぜなら、一つの行動(サイコロを振る)に対し、結果は一つ(一つ出目)しか存在しないからです。もしサイコロを1回振ったら、6個すべての出目が出るサイコロがあったら、必ず出目の確率は1/6となり確率は同じとなりますが、そもそもそれを確率とは言わないでしょう。

ちょっと強引かもしれないけど、運は存在する、いや、存在しなければ逆に不自然になると私は思っています。

次回は、運を操作することは可能かについて、考えてみます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サッカーワールドカップ予選 んなろっ

おいおい、審判よく見ろヨッッ!!!!

 

っと突っ込みたくなるというか、何回も突っ込んでたけどね、そんな試合でしたね。

でもいいんですよ。俺は熱烈 熱男ファンでもないし、ただビール飲みながらスポーツTV観戦してたら、それだけで嬉しいだけの極楽親父だからね。いいんですよ。

 

でもね~ 突っ込みたくなるよね~

 

だけど、俺が言いたいのはそんなことじゃなくて、まあ審判も外国である日本にきて、超満員のスタジアムで緊張すんなというのも無理だろうし、もしかしたら脅迫されていたのかもしれないし、いやいや、そもそもあのジャッジは正解かもしれないし、ただのおやじである僕には関り合いのないことでー御座んす。

 

もし、審判がAI機能満載のロボットだったらって、勝手に妄想したんだけど、、、、

絶対面白くねーよね。親父としては突っ込むネタが1つ減るわけじゃんか。

ビール、いや発泡酒の消費も減って、日本経済もどんだけか落ち込むねん!!ってことですよ。

 

あんな、(日本人からしたら)疑惑的な納得の行かないジャッジも、世の中に貢献してるのは間違いないね。だって、居酒屋の焼き鳥の本数やビールも増えるし、今日、職場に行って一言目は「あの審判ゼェッテーおかしいやろっ!」って、一体何人の日本人がしゃべるのかね~。

おうおう、職場のコミュも盛り上がりーの夕方には赤ちょうちんに流れこみーの、いいねー。審判グッジョブ!

 

  • 今度審判するときは日本戦以外でしてねーww

通勤電車の中の時間つぶし 1

私は、この前まで、片道1時間の電車通勤を10年弱してましたが、電車の中の時間って意外と使えるんですよね~。

しかし、使えると思いながらも、うまく使えないのも通勤時間です。

もし、目的を持って有意義に使うことが出来れば、なんか得した感じになりますよね。

 

それでは、私の通勤電車の中の時間つぶしを紹介していきます。

(つまんなかったら、ごめーん)

 

1 新聞を読む

 いまどき、新聞を読む人はかなり少ないです。ですが、私はかなり有意義だったと思います。

 ヤフーニュースとかではなくて、新聞紙または新聞紙並みの電子版の記事を読むのがいいと思います。

 いい点としては、やはり情報量と解説が桁違いです。また、人と話をするときに、過去に関連する新聞の記事を読んでいると自然と頭に浮かんできて、なんだか余裕をもって話をすることが出来ます。

 ヤフーニュースなどは、見出し表題で興味を引いて、ニュースの要点というか面白い部分を記事にしている感じが私にはしました。

一方、新聞は職人気質というかプロ意識が高い感じです。素人の感覚から言えば、ネットニュースは薄っぺらく、新聞は骨太な感じです。この自分自身が感じる感覚は非常に大事だと思います。

 

 もしかしたら、ネット記事も新聞記事もまったく同じ記載かもしれませんが、読み手がこの記事は骨太だと思いながら読むと新聞内容を人に話すときにブレが少ないとおもいます。読み手がこれは薄っぺらい記事だと思いながら(ほぼ無意識に感覚として感じながら)読んだ場合、人に話すときも、自信なく話してしまうものです。

 すべてのことに言える事かも知れませんが、自分でよいと思うものを信じて、自分に取り込むことは大事なことかも知れません。

 

 通勤電車で新聞を読んでいたころは、確実に時事問題やいろんなことを話す際に自信がプラスされていたと感じています。それに、社内の偉い人は新聞を読んでいる社員に対して評価を上げたくなるものですよね(たぶん、、、)。

 

るーるーるーるー♪

全国8000万人の あのころ君はー若かった~♪ の皆様 今晩は

この見出し「るーるーるーるー♪」から連想される言葉は?

 

① 北の国から 蛍

② 永遠のスキャットウーマン 由紀さおり

③ 耳

 

なに~っ! 全部だとっ!!

そうゆう あなたには 元気の印 オロナミンCを進呈します!

ついでに、小さな巨人軍に任命です。

 

もう、ひさしぶりのブログ記事だし、もう、ネタもないし

ラッパーみたいな韻も踏めないし、

そもそもラッパーの韻のふみふみ かっこ悪いとしか思えないし、

かといって、このふみふみも、フーミンなみにたぷたぷ なみなみだし、

この文章もどこで切ればいいか わかんなくなってきたし、

ほんだ~し いりこだし!!

 

んー、着地決まったぜっ

しかし、いまだにブログの形が自分でも わかんねー。

とりあえず、今日もがんばるべ~